実況アナの自慰的コラム

好きなときに、好きなことを書きます。

國學院大學の優勝に思いを馳せる➀

先日、東都大学野球リーグ第7週が行われ、國學院大學中央大学を下して2010年秋以来、20季ぶり2度目の優勝を成し遂げました。

一部リーグから四部リーグまで存在する「東都」は、全てのチームに下部降格の可能性があるために激しい競争が絶えず巻き起こり、ゆえに「戦国東都」とも称されます。

その混沌とした環境は多くの強豪チームを生み出す原動力になり、春と秋に行われる2回の全国大会では、このリーグが最も多くの優勝チームを輩出しています。

多くの野球ファンが口にする「人気の(東京)六大学、実力の東都」には戦績に基づく歴とした裏付けがあるわけです。

そのハイレベルな東都を制したのですから、この度の國學院大學の優勝は大学野球界において格別なものだと言えるでしょう。

そしてこの優勝は、ある意味で私にとっても大きな意味を持つものでした。

今回はそのことについて少しお話できればと思います。

 

 

高校時代、私はピッチャーとして大学野球でのプレーを目指していました。

実力的には決して高くはありませんでしたが、度重なる故障(肩・肘)で満足に高校野球を全うできなかったこともあり、余計に次のステージでのプレーに固執していました。

もちろん特待生や野球推薦などはありませんから、まずは大学に一般受験で受からなくてはいけません。

私は高校の先輩がかつて立教で投げていたことを知り、同じ道を進むべく、夏の大会が終わると同時に受験勉強を開始しました。

しかしながら、部活を言い訳に勉強を蔑ろにしていた人間がニ年半の遅れを簡単に取り戻せるはずもなく、第一志望は不合格。

強烈な挫折感を味わいましたが、それでも幸い、第二希望の大学には何とか引っ掛かりました。

立教大学に負けない歴史を持ち、高い野球の実力を誇る名門校。

それが、今季久々に優勝を成し遂げた國學院大學だったのです。

自分の実力が到底及ばないことは十分わかっていました。

しかし、前述のとおり野球に未練があった私は、ほんの少しの望みにかけて進学を決意。

こうして、全国有数の強さを誇る野球部の門を叩くことになったのです。

 

 

入学してみると、まず1年生の中での立場の差に驚きました。

当時は20人ほどの新入生がいましたが、その中で一般入学の選手は私を含めて3人。

他の9割の選手たちは、一般学生が受験に臨んでいるはずの2月、つまり高校を卒業する前から大学の練習や合宿に参加しており、既にそれぞれの関係性は構築され、部内でのしきたりなども把握しきった状態で4月を迎えていました。

更に彼らは野球推薦で入学してきた、いわゆる「野球エリート」。

ちょっとインターネットで名前を検索すれば、すぐにプレー動画が見つかるほどに名の知れた選手たちでした。

中には金沢西から入学した現・日本ハム谷内亮太選手や、華陵を2008年センバツに導いた宇野賢士選手の名前もあったほどです。

自分より実績と才能がある選手たちが、自分より早く大学球界でスタートを切っているという現実。

「こんな中で自分はやっていけるのだろうか・・・」

激しい不安と焦燥感に打ちひしがれたのを、つい昨日のことのように覚えています。

まあ、結果的にはやっていけなかったわけですが。笑

 

 

つづく